東急バス研究室
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mm SERIES 2 昭和56年の再編
  
 このページでは、これまで数多く行われてきた路線の再編の中でも大きな動きのあった昭和56年の再編の様子を辿りながら東急バスの路線再編を考えます。
 昭和56年頃は、終始改善という合理化が進められていた時代で路線に大きな変化があった時代です。昭和56年6月には、路線の廃止、分断のほか、中延営業所の廃止、青葉台営業所の新設がされました。
 路線の需要としては、都内は減少、神奈川県は増加の傾向が顕著になってきた時代です。都内路線の再編、中延営業所の廃止、青葉台営業所の新設という切り口で見て行きたいと思います。


路線の再編


 
東急バスでは、昭和56年時点で路線のシェアーが都内が7割、神奈川県が3割を占めていました。都内は、バス利用者が大幅に減少し、供給過剰とされておりその是正が行われました。
 昭和56年の再編では、廃止路線4、分断路線2、移管路線12、その他減回、増強が行われました。

区分 系統名 路線名 運行区間 km数 担当営業所 実施日
廃止 園10 田園調布 大森駅東口=田園調布駅東口 12.4km 池上 S56.6.23
恵33 駒沢 駒沢営業所=えびす駅 7.3km 駒沢
反02 五反田 五反田駅=鶴見駅東口 15.5km 荏原
玉09 二子玉川 二子玉川園駅=大森駅 13.0km 瀬田
分断 渋33 渋谷 渋谷駅=大森操車所 19.0km 淡島・池上 S56.526
杉08 野川 小杉駅=鷺沼駅 9.6km 川崎 S56.6.23
移管 等11 祖師が谷 等々力=祖師が谷大蔵 8.4km 大橋→駒沢
中延営業所廃止に伴い、荏原、池上、瀬田へ移管した4路線
青葉台営業所新設に伴い、高津営業所から移管した7路線

 
この改変では、長大路線の分断も行われました。昭和50年代は、このような分断が数多く実施されました。それは路線が長いと渋滞に巻き込まれダイヤが大きく崩れ回復が困難な状況が日常的となり、定時性の確保ができず利用者が減るという図式ができていたと思われます。ちなみに渋33は、東急では比較的珍しい淡島と池上の共管でしたが、双方向の送り込みで運行調整をしていたものと思われます。分断では、渋33が渋33(渋谷駅=丸子橋)と森10(大森操車所=田園調布駅東口)に、杉08は、杉09(小杉駅=野川台公園)と鷺06(鷺沼駅=野川台)となりました。その後も、経営努力もなされたと思われますが廃止、再編がさらに実施されています。
 昭和50年代の再編の状況は、年度別に状況を見てみるとその様子が良く分かります。詳しくは、路線再編の状況をご覧ください。
 近年は、トランセ委託という合理化により路線の廃止がなくなってきましたが、この頃はめまぐるしく変化があったことがうかがえます。路線廃止がない現在の状況は、実はすごいことなのかもしれません。特に姿が豹変している京王バスなどと比較すると分かりやすいです。


今は、なき丸子橋の折返所にたたずむ 渋33(A225)


中延営業所の廃止

 中延営業所は、中原街道沿いに位置し36両の車両を有していました。かつては、大田区、品川区をエリアとして受け持ち東京駅乗入れ路線も担当していました。都内の営業所の中では、小さい方の営業所でした。昭和56年の改変で路線は他の営業所へ移管され、車両は新設される青葉台営業所へ移籍しました。従業員も何割かは青葉台に転勤をしたようです。
 敷地内には、社員寮もありました。しばらくは、建物がそのままの形で残っていましたがいまは、残っていません。現在は、TSUTAYAになっており建物の様子は変われど、敷地の様子はそのまま残っています。
 廃止の際には、まだRB10なども現役でしたが東急で唯一の車両(RE100 系統番号が方向幕の車両やRE101おばけ方向幕)が在籍していました。その車両もそのまま青葉台に移籍しました。その後、お化け方向幕RE101は、虹が丘に移籍しました。その後も移籍を繰り返した流浪の民でした。

【営業所の基本データ】   

所在地 品川区旗の台1−1−17
(右図の青い東90という文字の右側の位置)
敷地面積 2,642.44u
建物 830.65u
開設年月日 昭和22年6月25日
建物設立 昭和32年5月18日
従業員数 97人
車両数 36両
昭和55年10月 管理人調べによる

東90が存在していた時代の車内路線図です。

【廃止当時の所管路線】

系統 路線名 運行区間 km数 運転回数 廃止後の
移管先
品90 雪が谷 品川駅=丸子橋 9.4km 60回 瀬田
反10 五反田駅=丸子橋 7.5km 10回
森06 上池循環 大森駅(上池上)大森駅 外回り 9.3km 240回 池上
森07 大森駅(上池上)大森駅 内回り 9.3km
森08 馬込循環 大森駅(馬込銀座)大森駅 3.3km 荏原
玉11 遊園地 多摩川園=二子玉川園 5.1km 瀬田

 中延営業所車両は、青葉台営業所開設時の車両にあたられたため、路線のみの移管となっています。中延営業所の車両は、すべて日野車でした。移管先営業所では、同時に路線廃止等もあったので車両はバーターだったようです。
 移管後、回送ルートが短くなったのは、池上、荏原。瀬田受持ちで雪が谷線は、玉11経由(環八経由もあった模様)となりました。
 今でこそ森06・07はUD、森08はいすゞのイメージが定着していますが、かつては日野が幅を利かせていました。今では考えられない光景です。
 メイン路線は、240回の運転回数を誇った森06・07でした。池上に移管後も主力路線となっています。
 品90の前身である東90は、銀座も走行する路線で都営バスと共同運行でした。丸子橋付近の中原街道を都営バスが走っていたこととなります。管理人(渋72)は、小学生であったためその記憶もおぼろげですので、今の若い方には想像ができないかもしれませんね。

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